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2007年1月30日 (火曜日)

地中美術館:サイトスペシフィック

1

地中美術館はモネ、デ・マリア、タレルという
一人の歴史的巨匠と二人の同時代のアーティストに、
サイトスペシフィックな場を与えた美術館として
2004年7月に誕生した。

作家の要求に即して建造されたその内部空間は、
そうした特定の作品の為だけに用意されたというだけでなく、
紛れもなくその空間自体が体験的な作品として
成立しているかに見える。

私にはそもそもサイトスペシフィックという言葉を
どのくらいの言葉として解釈し、
使用するかという事に躊躇があった。

自身の作品が、それを展示する場というものを
意識しつつ制作され、かつ、
展示空間なくしては成立し得ぬ展示形態を、
昨今、基本にして考えを進めていた事から
来るものである事は疑い用のない事である。

もっと言えばその言葉に少なからぬ
個人的な期待があった為に見失っていた部分、
過剰に意味を付加していた事を
認めなくてはならない。

サイトスペシフィックな空間。
サイトスペシフィックな作品。
実際には、これらの言葉に一般的にそれほど特別な意味はなく、
ただ「作品と建築(特定の場所)が一体化した空間」、
くらいに捉えるのが妥当であり、
「作品=設置空間(建築)」という図式が成り立つ
状況の事を指すと考えるのがわかりやすい。

そうした状態とはどういう意味を
持ちうるのかといった議論には発展すれど、
表現の一形式として、他のものと並列関係に
あると言っていい。

しかしそれだけであれば、アーティストが
莫大な資金を得て、自由に使えるマテリアルが一つ
増えたというだけにしかならない。

もちろんそうしなくては表現出来ない何かというものが
あるという事は、今回地中美術館を訪れて、
しっかと身体に染み込ませる事は出来たわけだが、
何か釈然としないものが残るのは、
モネの部屋における絵画と、絵画の為にと
設えられた真っ白く崇高な部屋との関係性に
あるのかも知れない。

2

絵画を見る為に一番適した環境とは
如何なるものだろうか。

絵画にもいろいろある。
ベラスケスのように筆致を最大限に生かし、
描かれる対称がどっしりとした存在感を讃えながらも、
その均質な薄塗りの絵の具故に、
光の加減でさーっと全てのキャンバスの
目が美しくその姿を現す様態のものもあれば、
それこそモネのように絵の具の立体感までもが
色彩の内に計算されているかのように、
それが描かれたものであるという現実を
あらわにする事で、鑑賞者を絵の具、筆致と共振させる
ところに絵画としての現象・イリュージョンを
成立させるものもある。

一見普遍的ともみえる絵画という形式の中でも
様々な表現方法と、それに見合う設置環境があるという事は
誰しも異論の余地はないだろう。

もちろん地中美術館でのモネ室では
オランジェリー美術館や、様々なモネの残した
書簡を下敷きに、慎重に「モネの絵画」の為の
部屋が構築されたことには違いない。
また、モネ自身も、サイトスペシフィックな
展示空間を所望していた事は、
最晩年、円形の空間に展示する事を前提として、
一連の睡蓮シリーズが描かれた事からも、
確かな事実である。

しかしながら地中美術館でのこの空間を
サイトスペシフィックな空間と呼ぶ事は出来るかも知れないが、
絵画の矩形の力は思った以上に強烈であり、
表現を行なっているのはキャンバスそのものに
他ならないわけだから、空間自体を作品と
呼ぶ事は不可能なのではないかという気がする。

反面、如何なる場所においても絵画は展示された場所の
影響を受けない事はない。
どんな絵画も鑑賞者が出会った場、美術館、邸宅、
特有の見え方をするのは、自明の事である。

そう考えれば、どんな状況化においてでも、
場所は作品を演出するサイトスペシフィックな空間であり、
また、作品は場所を演出するサイトスペシフィックな作品であり、
その展示された場所はサイトスペシフィックな作品と
呼ぶ事も可能であるように思われる。

つまり如何なる物体であろうとも、設置される空間なしで
物体足り得るという事はあり得ず、物体がある限り、
それは空間をその物体は変容させている事は、
どんな場合に置いても言える事なのである。

そうした地点から眺めた時、地中美術館のモネ室を
あえてサイトスペシフィックと呼ぶ意味は風化する事は
言うまでもない。

さらに言えば、デ・マリアの
「タイム/タイムレス/ノータイム」のように
その部屋自体が作品化し、最初に言ったいわゆる
サイトスペシフィックな作品/空間である状況、
つまり完全に「場=作品」となった所で、
そこでは「作品が置かれた場」という意識は、はぎ取られる。

ではそうなった所で、作品にとって、
設置されるべき場とは消失したのだろうか。
サイトスペシフィックな作品とは、
純粋に作品が自律した状況なのだろうか。

それとも観客は部屋自体を作品と見なすわけであるから、
作品が置かれた場というのは、
「場=作品」と化した時点で、
もっと大枠の場、すなわち美術館のその部屋に至るまでの
通路だとか、美術館のある土地、に、転換するに過ぎず、
言わば巨大なボックス・アートをもって
サイトスペシフィックな作品と言うべきなのであろうか。

「場=作品」であり、そこにおいて仮に場が
消失したのであれば、建築ごと作品であるが故に移動が出来ない、
というだけのものであり、コンセプトとして移動は
いくらでも可能なのものであると言える。

少なくともモネの部屋について言えば、
その空間を築き上げているものは、
彼の絵画を如何に「正しく」機能させるか、という
消失点に向かう意思であり、
あえて直島のあの場所である必然というものは、
絵画の所有者やギャラリーを建築する側の
個人的な由来によるものでしかないように思われる。
それ故に移動可能なサイトスペシフィックと言っていいだろう。

3

そして、デ・マリアの
「タイム/タイムレス/ノータイム」においても、
この場、つまり直島にある必然性というものを
感じる事は出来ない。

宗教的祭壇のような部屋に規則正しく配置された、
幾何形態の羅列に感じる事は、
それらが人の定めた「抽象」という概念の
代名詞であるが故に、「人間の介在」「人工」である。

意味の無いもののトートロジカルな提示によって、
意味の無いものの物理的な存在を確かめさせられる。

意味の分からないと言った方がよいかも知れないが、
ともあれ、鑑賞者との間に作品は目に見えるという、
その一点においてのみ、繋がりを持ち、
意味としての介入不可能、否、介入を禁止された
鑑賞者の脳は、まるで幼児のように、
あらゆるものを、意味を持たないものとして
見る事を強要されるのだ。

それ故にこの部屋を出た後、
次のアーティストの作品展示室にいたる階段や、
その間に見る事の出来る安藤忠雄による、
植物の植えられた四角コートヤードや、
雲の浮かぶ空さえもが、従来のようにただ通り過ぎる事の
出来るものではなくなってしまった。

まるで初めて見る形・初めて見る色、
全てが初めての体験のような不思議さを伴いながら、
背反的に、脳はそれらを再定義を急速に進める。
そうして、それらは意味を明かされぬ、
何かの為に作られた人工物の集積、
という極めて気味の悪い景色を鑑賞者に見せる事となった。
(それを私は悪意の固まりのように感じた)

しかしながらこれとてこの直島に存在しなくては
その効果を発揮し得なかったものであるかといえば、
そうは考えられない。

何らかの理由によってこの作品が直島に必要であるという風に
考えた者が居たかも知れないが、それはまた別の話である。

4

ではジェームス・タレルの作品はどうだろう。
タレルの作品は三点、地中美術館に設置されている。
その内二点は外光を遮断する中での、
光と色による人間の視覚に対しての実験と言え、
純粋で、原初的な驚きをもって鑑賞する事が出来る。

「オープン・フィールド」では包み込む四角い、
「アフラム、ペール・ブルー」では六角形の浮遊する光が
やはりその幾何形態と、光の吸い込まれるような抵抗感の
無さが、観客の感覚の焦点を眼球に集めてゆく。

監視役の(おそらく)アルバイトの
執拗な接近や解説が作品の鑑賞の邪魔になった事は
重ね重ね残念であったが、それを抜きにしても、
これほど色と光だけの何もない空間を、
それも考え事をする為だとかの、
何かの犠牲としてではなく、見つめ続ける経験を
させるだけでも一見の価値があったと言うべきである。

鑑賞者は眼球から侵入して来る光そのものとなり、
自分が個人である事を忘れる。
考えるという機能を働かせる機関が光で埋め尽くされ、
自分でなくなってゆく体験をするのだ。

しかしそうした中でも私達の持つ身体は、
もちろん決してなくなったりはしない。
当たり前の事である。
当たり前の事ではあるが、光と同化した時、
進める足の動き、目の端に映る自身の腕に、
少なからぬ驚きという違和感が備わっている事を
この作品は感じさせ、今まさに身体が
道なる世界への扉をまたごうとしている事に
気づかせる。

やはりこれも当たり前の事ではあるが、
鑑賞者はこの作品の経験を終了する。
重さも温度も距離感すらない光の向こう側の
存在を肌で感じつつ、やはり不自由な
こちら側に戻って来るのだ。

デ・マリアと同じように、
瞬間リセットされた知覚は、あらゆるものを
再発見させるように改めて感じさせ、
さらに、自分の至る所の身体の老いまでも鮮明に
思い知らすのである。

残るのは異世界での不思議な体験であり、
やはり、鑑賞者の日常的な知覚行為との断絶が、
この作品の効果を上げている。

5

一方「オープン・スカイ」でもまた、
四角く真っ白な、天井の高い部屋にぽっかりと
開けられた穴から見える現実の空が、
同じような効果を発する。

私の訪れたのはほぼ快晴と言っていい
良く晴れた昼下がりで、ブルーの
四角い平面が、まるでアブストラクト・ペインティングのように
浮かんでいるがしかし、そこに抵抗感はまるでなく、
吸い込まれるようであった。

白い壁には光源の見えぬ光線が
ギャラリーの形に沿って台形の明るい
形をきっぱりと現わし、どこかデ・マリアの部屋を
思い起こさせる幾何形態に彩られた抽象的な部屋を作る。

鑑賞者は四方の壁づたいに設置された木製のベンチに
腰掛け、思考をストップし、
口を半開きにして、その空間の一部となる。

しかしその真空と言ってよい程の静寂は、
ブルーの抽象空間に流れる一筋の鳥の出現によって、
或いはゆっくりと流れる雲の変容によって突如破られる。

それを境に急速に私の知覚は、周囲の様々な、
小さなざわめきを聞き取り、感じ始めたのだ。
全身の毛穴が開き、知覚はいよいよ鋭敏になり、
そのうちに空の色さえも、ゆっくりではあるが、
確実に、刻々と、変化している、と、
感じている気さえして来る。

溶解していた自分の身体は一気に
自分のもとへと帰って来、しっかりと定着する。

ここで作品はわけのわからない幾何形態でも、
鑑賞者とは切り離された物体でも現象でもなく、
知覚をまさに働かせている鑑賞者本人である事を
直感するのである。

これまで奇妙な異世界との断絶を感じて白雉化して
いた脳が動き出すのを感じる。
これは自分自身が発見した自分の現実の世界なのだと
いう認識が歓喜に変わるのだ。

タレルはこの作品をもって、
地中美術館を偶然この時、訪れた鑑賞者と、
直島の一点に開けられた四角い空、
その瞬間にしかあり得なかった四角い空とを
結びつけ、いまここでしかあり得ないものを、
鑑賞者自身のうちに呼び起こしたのである。

この作品は紛れもなく、
サイトスペシフィック「場=作品」である。
が、しかし、シリーズ化されて、
既に世界の至る所に散在している事実が照明するように、
コンセプトとして移動可能でもあり、
にもかかわらず、タレルはそこ(設置された場所)でしか、
そして鑑賞者一人一人がそれぞれ訪れた
タイミングでしか機能しない装置として、
作品を完成させたのだと私は考える。

そして文字通り「(物理的な)場=作品」でありながらも、
同時に「精神的な場=作品」
つまり「鑑賞者が作品(外界)と出会う場=作品」とした所に
言説に尽くしがたい、
他の作品との差異がそこに生まれ得たのではないか。

余りにも当たり前だが、同じものを見ていても
10人いれば10人それぞれの印象を抱くだろうし、
前提として同じものが同じものと他人も見ているかと言えば、
それは永遠の謎であるというほかない。

世界は変化し続け、また鑑賞者個人もまた変化し続ける。
鑑賞者はアーティストの出した答えを
ただ無条件に受け取る存在ではない。

鑑賞者は鑑賞者自身しか見れないものを常に見て、
感じている故に、作品とは鑑賞者の外側にあるのではなく、
如何なる場合においてでも、
鑑賞者と装置としての現象との間に生ずるものである。

「作品が成立する場」を物理空間の中でのみならず、
人間個人個人の出会いにまで思いを馳せて構築した
「オープン・スカイ」にやっと
サイトスペシフィックという言葉が機能を
果たした思いを私は抱いたが、それはまた別の言葉で語られる
種類のものであるのかも知れない。

-------
もっともこの地中美術館のようにアーティストが自由自在に
ギャラリーの設計から立ち会って建築と作品の融合を
目指す事は非常に稀な例であり、
サイトスペシフィックと言われる多くの場合、
「特定の場所に帰属する性質を持つ」作品の事を指す。
つまり、前提として歴史を持ち、形を持った場所があり、
それに対してのアプローチとして作品が作られ、
設置される事を指すのである。

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