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2007年2月の5件の記事

2007年2月 8日 (木曜日)

地図上の

自身に馴染みのある場所、例えば自宅の近所や旅先の地図を広げ、記憶をたよりに、刺繍によって再びその路地、その風景を散策するアーティスト・秋山さやかの作品について、なんとなくベッドの上で寝転びながら思い出したので、何となく書いておく。

実際の作品は2000年のフィリップモリス・アートアワードの会場で見たのと、平面作家の推薦公募展「VOCA」展、それから確か森美術館「六本木クロッシング」で見たくらいしかないと思う。はじめて作品を見た第一印象で、私にはコンセプチュアル・アーティスト・河原温の《I Went》という作品のシリーズ(日々移動した痕跡をコピーされた地図上に赤線で示していく)が思い出されてしまって、それ以上踏み込んで見るという事はなかった。

秋山さやかの作品は私の知る限り、平面状のものであり、せいぜい数センチ、刺繍等の画材によって盛り上がりがあるくらいであり、移動可能な作品自律型と言う事が出来る。一見して、地図の図柄は制作の過程とコンセプトの鑑賞者への提示、宣言的な形では機能してはいるが、それ以上の意味はないように思われる。それら支持体となっている場所はほとんどの鑑賞者にとっては無数のどこでもいい場所の一つであり、それを本当に親密と感じているのは作者である秋山ただ一人であるからだ。そうした支持体を得る事によって、この制作者は、自らの手でホワイトキューブを獲得したのだろう。

誰にでもわかる方法、つまり制作者にとってだけ重要な意味を持っていて、鑑賞者には関係がない、という制作者と鑑賞者の間にある崖を、地図を用いる事によって、白日の下に曝すという方法で、個人的な体験によるその当人以外には絶対にわかり得ない「思い出」をうねうねとしたカラフルな刺繍という物体に封じ込めたと言えるのではないだろうか。そこで見えて来るものは、おそらく殺人という事以外には誰にも脅かす事の出来ない個人的な意識体験(感覚質)の存在である。

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2007年2月 6日 (火曜日)

制作時間

私の制作は朝始まって夜終わる。
或いは夜始まって翌日昼に終わる。
そしてそのどちらでもどれでもない。
つまりは、一日24時間のサイクルを
基本にしては出来ていない。
私が制作を始めると(と言っても実際に「作業」を
していようがいまいが常に制作の登坂にいるのだが)、
それに応じてその都度、
私にとっての「一日」が設定されるため、
大半の「一日」は24時間ではなく、
したがって「一年」は365日ではない。
習慣というものの束縛は思ったよりも大きく、
簡単に手足の自由を奪うからだ。

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2007年2月 4日 (日曜日)

創造のトートロジー

自身の作品及び制作について:昨年(2006年)半ば、アメリカ・ニューメキシコ州・ロズウェルにて。

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創造のトートロジー
〜アメリカ・Roswell Arist-in-Residence(2006)での仕事から〜


僕はアメリカでは言葉がまだまだ不自由なもんだから、簡単なやり取りしか出来ない。そしてほとんどの場合が同じようなレスポンスで、"Oh Hajime!" "Are you crazy!?" "Amazing!" "Truly Beautiful!!" "Excellent!" "Marvelous!" "I'm impressed!" "That's Incredible!"・・・・ で、抱きつかれるとか・・(笑)、、はぁ。。2006年、4ヶ月に渡って滞在したロズウェルでの「アート」にはいわゆる都会/アートシーンに絡んでくるような舞台はまず望めない。文字通りアートフェアやビエンナーレ、コンテンポラリーのギャラリーや美術館といった類いの「舞台」がないのはもちろんですが、「アート」というのは日本でも多くそうであるように1950年代以前のヨーロッパ的な物の見方がいまだその席にどっしりと腰を落ち着かせています。

とは言え実情としては都市部においてさえ、どこまで「アート」が資本主義に去勢される事なく、人間の、或いは社会の普遍的な価値を提起する力を持ち得ているかというと甚だ怪しいとしか言う他ありません。逆にロズウェルにおいて言えばいわゆる「コンテンポラリーアート」はないとは言え、極限的に荒涼としたと形容すべき部類に入るこの土地に住む人間は紛れもなく、インターネットで買い物をし、気軽にどこへでも小旅行を楽しめる現代人です。当然の事ながら。それも僕のように日本のさらに都市部と呼ばれる地域で生まれ育った者にとっては砂嵐に呼吸を遮られながらも、環境と自分自身を客観的に眺める事の出来る、いわば「現代人である自分」と、「人間としての普遍的遺伝子」の二極を痛感させられる状況が同時に意識される特殊な状況と言う事が出来ます。そして僕はこうした奇妙な二極間にこそ、真に重要な何かを気が付かせるものが存在しているのではないかと夢想します。

とは言えここでの「アート」の内実に関して話す事と言えば、具体的な話はたいていばくぜーんとしてて、というかつまんない質問ばかり。ここに引っ越して来る前に三ヶ月間やはりアーティスト・イン・レジデンスで制作に展覧会にと滞在した、オマハ(ネブラスカ州)Bemis Centerでは話が発展しそうな気配は多からずあったのですが、やはり英語の問題によって「プライヴェートのもっと深い意味を教えてくれ」何て言われるともうお手上げでした。なんだかなーと思いつつ、つつ、まあなんとなく、というかかなり本気で、作品で相手をやっつけようとして作ってるような雰囲気が自分の中に、特にアメリカに来てからは、あるので、この路線(作品/作者と観客の関係)でちょうどいいのかなーなんて思いつつ、つつ、そのうち誰か作品見て倒れたりして欲しいなーなんて別に根拠もクソもないし、倒れたからってどうだって事でもないかも知れませんけど、ぼーっと妄想してたりします(笑)。


僕がロズウェルに来て最初の人に見せられる仕事/作品を設置したのは二部屋ある僕のスタジオの小さな片方で、およそ10メートル×5メートルの細長いスタジオです(ちなみにもう一つのスタジオは10メートル四方弱)。光の印象に関しては写真の具合にも依るとは思いますが、もう片方の大きなスタジオの方が窓も多く満面に光が射す明るいスタジオであり、今回作品を設置した部屋は、昼間はしっかりと自然光だけで十分な採光が取れるにもかかわらず、どちらかと言えば暗い印象を訪れる人に持たせます。これは捉え方でしょうが、フラットに光が充満する部屋と、少ない窓から差し込む光、どちらが美しいかというのは難しいところですし、また近接する部屋との対比等に依って、部屋、或いは光の人間に及ぼす作用というものはまるで違って来ます。そしてこのロズウェルで僕が与えられた二つのスタジオは、広さという面では僕の経験上では希有なものがありますが、やはり多くのスタジオ、および空間と同じように、光が特筆して美しいとか美しくないとかということよりもむしろ、空間全体の統合的な雰囲気をぼんやりと示唆するだけの、ただ「ある一つの環境」としての空間には違いありませんでした。

むろん光はどこでだって美しさを、建築はその都度それぞれの歴史を、あるいは意図され、されなかった自己主張を僕に語りかけますが、いつだって僕とは関係がない所でそれらは自律して存在しているに変わりはなく、また同時にそれは僕の皮膚のこちら側で存在しているに過ぎません。そして光とそれぞれの物質は各々独立して存在を主張しているにもかかわらず、どちらかが欠けてもその存在を維持し得ないという点において密接に関係しています。そうやって既に充足している世界に対して、またさらに「作品」を付け足すという事はどういう事なのか、考えます。

もちろん作品もまた物質であり、光との関係は不可避ではあるわけですが、ただ物質である事が作品の存在条件であるかと言うと、スタジオが単に物質であるということのみが起因してスタジオであるわけではないのと同様にそうではない。問題は単なる物体としての自分/作者/アーティストと生み出される作品が、偶然投げ込まれ、取り払われるのを待つ石ころではなく、それがそこにあらねばならない理由とは何かということを言い当てる事、居場所を確保する事であると言うとやや消極的で卑屈な印象を抱かせるかも知れないませんが、もののない光だけの光のごとく、いるんだかいないんだかわからない何か、未だ姿を見せぬ存在理由とやらにに身体を与えることが基本的には重要な事のように思われます。

そして、前述した通り作品もまた広義で物質であり、ましてや僕のように、人の作る事・行為する事の問題〜人間の存在の問題をドローする問題〜作品の存在の問題に摺り合わせ、まさに描画材という物質を用いて思考を進めるにあたってはその描画材、立ち現れる物質を照射する自然界に厳然と存在し続ける光、そしてその場に既に在る様々に特有な要件を考える事は極自然な成り行きと思えます。(「広義で物質」というのは、自明のごとく概念そのものが作品と呼ばれるケースも多いが、表出ということの基本条件として言葉であれ何であれ媒体の介在は絶対条件である事はどういったケースにおいても同様と考え、表現媒体はいずれの場合においても照射する他者・光の存在もまた必須要件であるという意味で、表出媒体=物質と言う使い方をしました。)


僕がまず、新しいスタジオ、新しい住居にやって来て覚える感覚は疎外感です(まあこれは日本でどこにいても、自分の家に、部屋にいても未だクリアに解決をみていない問題でもありますが)。だから全然居心地はよくありません(笑)。いろいろカウチで寝てみたり床で寝てみたり、何度も模様替えをしてみたり、散らかしてみたり、あがき続けますが、、どうやらそういう所に問題はないらしい。なぜ、自分はここにいるのか。もちろんこの今回においては1967年から続く老舗のアメリカ・ロズウェルのレジデンス・プログラムに応募し、受かったからこそ毎月お給金をもらってスタジオ付きの住居にタダで住んでいるわけですが、なんで受かったのか、そもそもディレクターとレジデンスの合否を決した審査員とは別の人間であり、それが誰なのかも明かされておらず、ましてや審査をくぐり抜けた要因など知る由もなく、そしてそれらの審査員がここロズウェルの土地やレジデンスの事をどれだけ知っているのかもわからない、、と、いうことはここロズウェルにとっては本当は必要のない作家であったかも知れないという可能性は誰にも否定する事は出来ないわけで、さらにここロズウェルのディレクターおよび関係者が、そしてロズウェルという土地がどういった環境なのか皆目わからない状況において、まさにもののない光だけの光、茎のない花のような状況で、落ち着かないのも至極当たり前っていうものです。

ただ一つ明らかなのは僕という人間はアーティストとしてここに招かれたという事実です。その為に用意された施設であり、何をか作る事によって以外には僕という人間がここロズウェルにおいて茎を、根を持つ可能性は閉ざされているという事です。これはそうではないかも知れないけれど、違う可能性もあるかも知れないけれど、ひとまずそう考えます。茎とは光だけの光(すなわちロズウェルにおける僕であり作品)がこの場所における特定の表現媒体を獲得し、互いを照射する他者(つまりロズウェルという土地ほか環境的な周りを取り巻くもの)と関係を結ぶ事です。僕がいなければ相手が存在せず、相手がいなければ僕は存在しないという状態を築く事です。


ここアメリカで僕の作品を見る少なからぬ人々は、極めて感覚的に、深く考えた言葉としてではありませんが、度々リチャード・セラの名前を出します。これはいったいどういう事なのか、日本ではまったく一度も言われた事のなかったことですし、考えてみるのも面白そうですが、共にドナルド・ジャッドに影響関係を持つ意味ではまあ、何かあるのかも知れません。

ジャッドは、あるいはニューマンはと言ってもいいですが、作品が作品として「ただ在る事」を欲した作家であったと解釈しています。ニューマンはただ塗られた赤という事実を、ジャッドはその物体、作者の言う所の「スペシフィック・オブジェクト」を、それがそれだけのものとして「ただ、在る事」だけを観客の目に焼き付けます。過去も未来も記憶も環境も人の心理的ないかなるタイミングも、目の前にない全て、そんなあやふやな存在は信用出来ない。知らない。ただいまここに起こっている事だけが真実とでも言うように、それらはそれらだけで極めて自律して存在し、学生時代打ちのめされた事を覚えています。

ミニマリスムやその後のアルテポーヴェラ等の思考の基礎でありながら、また極めて還元的な進化型とも思えるそれら一群の作品は「ものはものだ」と観客を突き放し、作品との間に深い深い崖を作り、疎外感をもたらします。そしてギャラリーや観客自身はもちろんの事、作品を体験した視覚はその特殊な物体/特殊な現象がそれ自体、今この瞬間「在る」ということの不可解さ、不条理感を痛感させられる事になります。その強烈な「存在する感じ」にあてられて、作品は観客を含めたあらゆるものの存在の希薄さを糾弾します。(この作品は確かにここにある。しかし私たちは本当にここにいるのか。彼等がいるとしたらいないのではないか。本当は私は彼の夢なのかもしれない・・)と。

ただその糾弾は作品以外のあらゆる存在を消失させようとしたのではありません。それは現行の一元的な知覚のあり様に対しての糾弾であり、まったく違う位相の「現実」が存在する事、それを「アート」の、「物体」の、存在証明として明らかにし、「未だ見ぬ」あらゆるものに内包する全く別の、異質な可能性を示唆したのです。そして、作品はあらゆる事物・事象・活動の目に見えぬ、まだ誰も知らない「存在」の証明、すなわち世界の存在の証明をし、いまもなお、世界を存在させ続けているようにさえ思われます。唯名論的な視座の示唆というと、、どうでしょう。

ともあれかつて見た事のなかった(特殊な)物体を、その意味を同時に提示するという、この同語反復的な性格を持つ作品達は、後に具体的な行動/提示の方法論としてクネリスやセラに、「生きた馬やオウム」を「馬やオウム」として展示させると言う経緯を生みます。また、ドイツのゲルハルト・リヒターは(これはプランだけで実現はなかったようですが)観客をある美しい景色の山中に連れて行き、「これが私の作品だ」と発言するというアイディアを思いつきました。しかしこれらは作家や美術業界の思い込みで、その内部に知的好奇心を誘うばかりで、言葉で「馬を馬というタイトルでギャラリーで飼い、それを展覧会/作品とする」と言えば事足りるかのように思われます。

ソル・ルウィット等の作品形成行程と同じように、それらは概念のモデル化、図表化でしかなく、我々の現在「知っている」現実を、「それは現実だよ」と言っているの過ぎず、観客には何も示唆せず、与えず、それは言わば小学校の図画の授業で「ものを良く観察して描きなさい」と言っているようなもので、実現の意味をなさないものであり、その光は照射されるべき世界に向いてはいれど、未だ届いていないのではないかと僕には思われるのです。特にジャッドへのオマージュとして作られたわけではありませんが、まったく勘違いとしかいいようがない。さらに後、ルチアーノ・ファブロが指摘するように、トートロジカルな作品の内にそのものに存在する可能性を示唆する事、「推論の促し方」が重要なのでであり、ジャッドから学んだものを言葉遊びの土壌に乗せて、まるで括弧付きの「アート」を復権させるような試みは面白くない。


ジャッドは、もの/物体/アートという拡散され、漠然としたイデアから照射された言葉であるが故に広く広く用いられ、あまりに当たり前に身の一部になっている為に、完全に見落とされている言葉の意味するものを規定するというやり方で(正否はともかく)特殊な物体を鑑賞者に現わしました。別の位相における「もの」の特性をもって「これがものである」と提示したのです。それはものはものであったが、我々に既知の漠然とした、抽象的な名詞としてのものではなく、強烈にそれがそれ自体で自律しうる存在である事、あらゆるものが流動的な渦中に形を見失いがちでありながらも、それがそれ自体で全く知らない意味において自律し、存在しうる可能性を示唆したのです。

作品は工業製品という人工物の代表選手の特性、威圧感を形、色、質の面で最大限に引き出すとともに、本来備わっているはずの用途をそこから限りなく引きはがす事で、そして視覚を通した認識において、周囲を歩く事で理解し得る三次元的構造とそこに起きている見る事の出来ない三次元的現象の不可解で奇妙なギャップに、ただ、ただ名付けられない何かが在るという状態を作り出し、作品はただそれでしかない「アート」とされました。それはまるでモノリスのように、観客のいかなる認識への運動も無力化し、今厳然と何の他のものとも本質的には何も関係がなくそれぞれがそれぞれ独立して存在しているのだという視覚を促すことの成功です。

ペノーネやボイスは、ものが想起させる、あるいは作家があるものの状態を作る事で付与する何らかの象徴的イメージと、扱われる素材がどれだけイメージを想起させようともそれは永遠にそれらのイメージとは関係なく厳然と物質・既知の素材であり続けるという事実、その二極間の往復運動を促す体験をさせますが、それはすなわちもの/素材と自分/作者との二極間の往復と言い換える事が出来ます。それはあくまで人間の側から見る、見る事の出来る、確かめる事の出来る物質、たくさんの観念を身にまとった物質という側面を浮き彫りにした点で面白いと言えますが、しかしそれらのイメージ群は極めて個人的、地域的である事は免れておらず、というかそれが文学において言われる「呪」のごとく働き、また、作り手の思い込みによるイメージばかりで観客側/人の見ると言う行為の内にある観念の問題を無視して突っ走る(ように僕には見える)感じは、局地的に感覚を共有した者同士にしかわかり得ないある種の難解さを備えているように思えてなりません(決して否定をしているのではありませんが)。

しかしながら僕のやろうとしている事、やろうとした事は、やはり前に否定したある時期のクネリスやセラと同じようにきわめて「直」に、同語反復的な方法による事物の提示であり、作り手とそれを見る観客のドローイング(=描く事=見る事)に、引いては人間に内包する創造性の同語反復なのです。そして前述したある種の作家達と同様に僕の個人的な観念や感情にまみれた存在であることは間違いありませんが、それは同時に観客の観念や感情にまみれた存在として作品は提示されます。

作品にまつわる作者の観念は素材と不可分である事を主張しながらも(観念こそが物であると言っているわけではない)、観念を作り手の所有物にせず、観客に押し付けません(作者の所有物ではないという意味ではなく、作る者と見る者を同一の関係として、それぞれの所有物とする。つまり素材となる木炭や描く行為自体に対してのイメージは極めて個人的な作り手の内にあるものとして生み出され提示されるにもかかわらず、同時に見るという「関わり」が特権化されることによって、観客は作り手の内にある特定のイメージを押し付けられるのではなく、作り手と同様に創造者の立場を取る事になる)。同じ物を見ていても僕と誰かが同じ何かを見ているとは限らない、というか同じ物を見ているというのは共同的な幻想に過ぎません。(「同じものを見ている」という事は同時に見ている主体が「違うもの(人間)」であるという事を裏付けています)

繰り返しますが、僕の作品は「創造性」の同語反復です。クネリスらと同じように意識的に既知のものを既知のものであると主張しながらも、主張の対象は「当たり前のもの」でありながら、その「当たり前のもの」の具体的内実は流動的であり実体のない「イメージする現象」であり、その対象化へのエネルギーは作品に相対する者それぞれに異なる事象を見せる事になります。作品はジャッドのように観客に断絶と孤独、あるいは存在する事の畏怖を与えるのではなく、関わる者(観客)の生の活動の自立的存在を印象付け、また同時にあらゆる存在、物体の自立的存在の発見(あらゆる存在、物体への能動的関わり)を促すことが意図されています。それはまた、作品という一個の物体そのものを強調し続けたジャッドとは対照的に、サイト・スペシフィックな展示の方法を選択する事によって、可能になり、なりつつある事を感じています。


サイト・スペシフィックな展示の方法を行うのにはいくつか理由をあげることはできますが、まず僕の作品はドローイングの線一本一本を、全体におけるイメージの部分として認知させるのではなく、前述した通り描く行動を見る行動に置き換え、全体感というものは慎重に回避しなくてはならないという必然がありました。その為にまず、立体的な支持体と描画を同調させる方法を取り、見る角度、光の具合によって、ころころと変化する万華鏡のような状態を作る事にしました。
そしてインスタレーションの方法はそれらのドローイングが、何らかの再現的イメージを鑑賞者の内に形成することを避ける為に、無限に広がるドローイングの一部として偶然的にそこにある事(=作者の所有物としてのイメージではなく、作者と特定の場所との衝突による自然現象)を装う為、いや、強調する為、その形態を他者に依存する事にしました。ここで言う他者とはもちろん設置する場所の事であり、僕は一つの方法として既存の空間のある一部分の質を変化させると言う方法を取る事にしたのです。

もちろん作品が現実世界の物質である限り、どれだけその外観が巨大になったとしても輪郭があり、アースワークのようなものでも写真になってしまえば手の中に収まる簡単なイメージとなってしまいますが、この方法を取る事で、表向きにも作品は彫刻でも絵画でもなく、いわば新たな壁紙のごとく部屋との同居を果たす事になり、これが全体的イメージを回避する以上に重要な事となりました。

それは壁紙と同じく、鑑賞の際、絵画のように鑑賞者はその全体を掴むことが義務付けられているとばかりに遠くから見る等といった作法を回避し、おのずと体感の体験として作品に関わる事が示唆されるばかりでなく、部屋の一部、それも厳選されたある部分に作品は設置される為に、作品は強い自己主張をしながらも同時にそこに当たる陽の光、床や他の壁からの照り返しの強さ、色等の影響をもろに受けている事をもあきらかとなり、鑑賞者の視点は作品に留まろうとしません。

厳選された設置される展示空間内(この今回のケースではロズウェルのスタジオ)の場所とは、多面体としての建築空間内の、作品を設置された内部をもって元の空間(建築の構造)の形態の変化を示唆するような要素を持たない一面(建築空間の形態を示唆するのは輪郭によってのみ)、すなわち梁や柱を設置の範囲に含めず、角度の異なる二面の壁を渡って設営をせず、形態は様々であっても平らに広がる一つの面であり、かつ可能な限りその設置される空間の印象に影響を与えると思われる大きさ、形態、場所です。

「設置される空間の印象に影響を与えると思われる大きさ、形態、場所」そしてこのインスタレーションの方法に関しては、作者、つまり僕の個人的、恣意的選出であり、また作品のドローイングのように個人的、恣意的である事を意図されたものではありませんので、まだまだ生成段階である事は否めませんが、現行では考えうる最善の妥協案であると考えています。

作品は部屋の一部に成り代わり、一つの壁(あるいは床)になり、同時に作品でもある故に鑑賞の視点をその物体の隅まで、つまり普段一つの部屋にいては焦点を決して合わさない所にまで体験の内に合わせようとします。それは部屋/建築物の特殊な知覚へと鑑賞者を誘います。


ジャッドの現前せしめた「存在」とは一体なんだったのか。そこにある光とものの関係はあまりにも大きく、強いもののように感じられます。特定の作品は、たとえどんな所に置かれようが全く関係がないように一つの固まりとして作られ、おそらく人類がなくなっても作品は存在し続けるでしょう。視覚効果に着眼した作品でありながらも、それはひょっとしたら人類に向けて作られたというよりも、もっと大きなものの中での人類の証明のようなものであるのかも知れません。その強烈な光は我々の目をくらませ、それ故に畏怖のようなものを感じさせます。

この文章の書き始めに、表出の基本条件として「媒体の介在」があると書きました。ジャッドにおいてそれはいわば物体が周囲の環境との関係を絶つというある種の関係の表出、それが媒体と言えるでしょう。まるで宇宙人が外から見て地球がここにあると認めているだけであったのが、ある時ひょっこり目の前に姿を現したと言ったら言い過ぎかも知れませんが、ともあれ表出があらゆる他者/環境との反発関係に依存する事は究極の「存在」の証明であると言えるかも知れません。

一方、僕の作品はジャッドのそれのように厳然とどんな場所でもおかまいなくに自給自足して光を周囲に届ける事の出来るものではありません。では僕の作品における「媒体」とは何なのでしょう。僕はその照射しあう関係、僕自身/作品自身とこの現実世界とのそのあわいに生じる「流動的な」関係の内に見たいと思うのです。(これは僕が僕であるという限界の部分と言えるかも知れません)僕の作品における「媒体」とはもちろんドローイングの事を指しますが、それは仮に特殊なドローイングとも呼ぶべき、、人、鑑賞する、あるいは作者である僕の「イメージする事」に他なりません。このロズウェルでの最初の仕事を行使した僕に取っては、早く何とか解決を見なくてはならないこの一軒家を照らす乾燥した、まるで全てを焼き尽くすような太陽の光、つまりここでの居心地の悪さを持つ僕のイマジネイションが変化し、このロズウェル・アーティスト・イン・レジデンスの一つのスタジオとの幸せな結婚を作品をもって果たそうとする事が僕の夢であったし、世界との関係の夢であると言えるのかも知れません。

「想像力」/「環境」。僕の作品が拡大させる想像力が設置された環境を作り、設置された揺れ動く環境、或いは環境としての人間が僕の作品を作る。この双方を往還する様々なあわいの存在、それがつまり僕の作品であり、作品は人の創造性の確かな証明であるとともに、鑑賞者のイマジネイションを未知なる位相にゆっくりと転がして行く事が出来るのではないか、考えてみたいと思います。

2006年5月

(参考書籍)
トニー・ゴドフリー著/木幡和枝訳「コンセプチュアルアート」
ジョン・ケージ著/青山マミ訳「ジョン・ケージ -小鳥たちのために-」
峯村敏明著「彫刻の呼び声」
ゲルハルト・リヒター著/清水穣訳「写真論/絵画論」ほか

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匂い

要に迫られ、外付けハードディスク(I-O DATA: HDP-U120)を購入し、
そのまま幼少の頃から行き慣れた古書店にて
二時間ほど過ごす。

先月、一月半ばに韓国から帰国してから
ここまで、汚くも大きなこの古書店には
来ていなかったので、少なくとも三ヶ月ぶりに、
本の群れに身を浸した事になる。
財布には千円札が一枚と小銭が少し。

ナン・ゴールディンの写真集、
一人の女が男とじゃれ合っている。
タイトルは"Self-portrait with Brian having sex"

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2007年2月 1日 (木曜日)

ホワイトキューブ

この自分のブログの画面をぼんやりと眺めていたら、
ホワイトキューブ(美術作品を展示する際に、
鑑賞者の注意をアーティストの「表現」以外に逃さない為に
考案された、限りなく装飾的要素を排したニュートラルな空間)

白い均質な空間に、グラインドコアバンド、Brutal Truth の
アルバム「Sounds Of Animal Kingdom」に収録される"Prey"を
染み込ませてみたくなった。

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