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2007年5月の21件の記事

2007年5月28日 (月曜日)

アートで候?

Uenoooooo上野の森美術館にて「アートで候:会田誠×山口晃」展を観た。久しぶりに会田作品を観て、女子高生描写とかこんなにエロくないもんだったっけ?さらさらし過ぎっとか思ったけど、うん、まぁ、はぃ、いゃ、うん、その分コンセプトは全体に明快、に、見えて、面白かったし、観ている間、何人もの女の子やおばさんやギャラリーの受付っぽい女の子や人を上から見てるっぽい歩き方のおばさんや女性達が、クスクスと笑って作品を観ているのに、へーっと思った。岡崎乾二郎風(!)絵画タイトルに「美術に限っていえば、浅田彰は下らないものを誉めそやし、大切なものを貶め、日本の美術界をさんざん停滞させた責任を、いつ、どのようなかたちで取るのだろうか。」(展示作品より:以下、宮村周子氏ブログ参照)だって(笑)
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会田誠氏の作品を観て、自分の作品をもっともっと地味〜〜にしなくては!という使命感を覚えました。

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濃いい!アートのデトックスと再生について。「アートで候 会田誠・山口晃」展@上野の森美術館
「宮村周子の展覧会リコメン:すご早!アート2.0」(2007年05月23日)
http://sugohaya.lammfromm.jp/2007/05/post_1.html

「アートで候:会田誠×山口晃」上野の森美術館:2007年5月20日(日)〜6月19日(火)
http://www.ueno-mori.org/special/aida_yamaguchi/

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2007年5月24日 (木曜日)

さてこれはなんでしょう?

▼ちょっとちょっっと時間かかっちゃったなァ・・ま、いんだけど、精進精進☆(画像クリックで拡大)
Nnn Ddd








※写真右→デティール

シリーズ:【ATMOSPHERIC WORKS】
素材:紙(Savage Widetone Seamless Paper Background)・シャープペンシル
紙サイズ:135.5×135.5(cm)
描画部サイズ:109.5×109.5(cm)
制作期間:15日
【ATMOSPHERIC WORKS】近作

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記事タイトル「さてこれはなんでしょう?」答えがあるわけではありません。いや、この作品が答えそのものでもあるのですが、あらかじめ用意されていたのかどうかは、今のところ定かではありません。また、答えはこれから作られるものでもあります。

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2007年5月23日 (水曜日)

ホワイトアウト

徹夜続き、久しぶりにがつっと9時間睡眠を明けた頭がくらっくらする。立ってられない。まるで意識だけが首を支えてる唯一の存在であるかのように、気を抜くと同時にガクッとうなだれる格好となって、その落差が悪夢を見るように理不尽な焦りを感じさせる。シャワーを浴びて、ジェリービーンズを一粒、二粒、三粒、四粒、五粒、コーヒーを湧かし、やっとやっとどうにか少し落ち着いた。さて。

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2007年5月20日 (日曜日)

魔法が解ける瞬間は突然やってくる

ジダン 神が愛した男 DVD ジダン 神が愛した男

販売元:アミューズソフトエンタテインメント
発売日:2006/11/24
Amazon.co.jpで詳細を確認する

「ジダン 神が愛した男」(2006/7/15公開)を観た。サッカー史上最も偉大な選手の一人と評価され、2006年7月9日のFIFAワールドカップ・ドイツ大会決勝(対イタリア戦)を最後に引退した、フランスの英雄、ジネディーヌ・ジダン(b.1972)。この映画は、タイトル通りジダンの映画である。ジダン1人を、一試合、17台のカメラで追う。ただそれだけだ、と、言っていい。試合は2005年4月25日、レアル・マドリードVSビジャレアル戦。原題は「 ZADANE un Portrait du 21e Siecle」、つまり「ジダン:21世紀の一つの肖像」。

1)この映画の鑑賞者は、おのずと17台のカメラという主観によって、試合の観客やチームメイトよりも、ずっとずっと間近にジダンを感じることになる。ジダンの息づかいや、スパイクが芝を蹴り上げ、試合中、その瞬間瞬間に、フィールド上のそこ以外ない居場所を寸分違わず獲得してゆく、その動きを、音を、ジダンを、17台のカメラと共に分かち合うのだ。時折、劇中に流れるスコットランド・グラスゴーのバンド「モグワイ」の音楽や、様々に交錯する歓声、テロップのジダンの言葉も、どこか、遠くで鳴る遮断機の警報のように現実味がなく、その現実味のなさが、ますます、ジダンという現場を強調し、鑑賞者をその現場に引きずり込む。

2)試合の内容は、まったくと言ってもいいくらいわからない。テレビ放映のそれのような、俯瞰した映像も登場するが、試合の成り行きを説明出来るような代物ではなく、後半戦でジダンのアシストにより点が入るシーン(実際の試合の観客は盛り上がる)でさえ、その瞬間は「え?ジダンが入れたの?違うの?」ってくらい。当のジダンも淡々と、息を荒くして自陣のフィールドに戻ってゆくだけだ。しかし不思議に、サッカー鑑賞に独特の、常に下っ腹に軽く力を込め、鼻で静かに呼吸する事を強いられ見守らざるを得ない、張りつめた空気は依然として顕在、、いや、それらはむしろ濃厚でさえある。

3)終盤、「魔法が解ける瞬間は突然やってくる」というジダンの言葉が字幕としてインサートされ、そしてその後、ジダンは相手選手のプレイに抗議し、エキサイトし過ぎた事でレッドカード〜一発退場。ジダンのこの試合の幕引きであり、この映画の幕引きである。このラストシーンは、ジダンの引退試合となった2006年ワールドカップ決勝の「頭突き一発退場」という、伝説のサッカープレイヤーの衝撃の幕引きと、重ね見られているが、しかし、私には、この退場シーンではなく、そのもう少し前に、ジダンが劇中ではじめて見せた、それまでの心理的無風状態から鑑賞者、或いはジダン自身を開放するかのような、柔らかな「笑顔」こそ、「魔法が解ける瞬間」であったように思える。

イッタイワタシハナニヲミタ?

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「ジダン:神が愛した男 / ZIDANE :Un portrait du 21e siecle」公式HP
http://www.zidane.jp/
ジネディーヌ・ジダン(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%80%E3%83%B3

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2007年5月17日 (木曜日)

感覚の新鮮さ

知人アーティストのウェブサイトから、損保ジャパン東郷青児美術館のサイトにたまたま偶然訪れた。したら、トップページに、2006年6月7日のニュースリリースとして「第25回安田火災東郷青児美術館大賞授賞の取消しについて」のPDFへのリンクが貼られていたので、もう古い話題なのかも知れないけど、それについて。

▼損保ジャパン東郷青児美術館ウェブサイト
http://www.sompo-japan.co.jp/museum/

贋作疑惑でいろいろ取り消しになった画家・和田義彦氏が、2002年3月20日に受賞した賞の取り消しの「お知らせ」である。そっかー、あの騒ぎからもうずいぶん経つのか〜っと、そのPDFを読むと、「取消理由」は(以下)との事(財団法人 損保ジャパン美術財団:News Releaseより引用)。

 本賞は、1977年に創設され、画業に優れ、優秀な絵画を発表した作家1名に授与してまいりました。
 和田義彦氏の授賞作品「想(そう)」は、アルベルト・スーギ氏の作品「交叉点のバー」と極めて類似しており、本賞審査基準に照らし合わせて、「感覚の新鮮さ」「技法の確かさ」「独自の世界の形成」の観点から逸脱していると判断いたしました。
 

うん?画家のモラルを問題視するのはわかるけど、絵画の発する「感覚の新鮮さ」とか、「技法の確かさ」って、パクったから表現出来たり、技法が確かになったりするもの??盗作の対象になったもの、類似していると判断した要素っていうのはつまり多分きっと、「モチーフの選定」「構図」「色彩」あとはせいぜい「筆致の扱い方」っくらいのものなんだろう。そういう要素をパクった和田氏が「独自の世界の形成」に対して不誠実きわまりなかったというのは、わからいではない。しかし絵画において「感覚の新鮮さ」「技法の確かさ」の有無というものは、当の絵画そのものに鑑賞者が対峙して初めて判断し得るものであり、そもそも盗作云々と関係のあるものなのだろうか。名画の模写をしたってそうそうオリジナルに匹敵するようなスゴい作品が出来上がるわけではない。それともそうした諸要素をパクっただけで「感覚の新鮮さ」 が立ち現れ、「技法の確かさ」を獲得出来るような完成された「方法」或いは「様式」をアルベルト・スーギという画家が構築していた、構築しているという事 なのだろうか。

アルベルト・スーギという画家の作品を私は実際に観た事がない、せいぜいテレビの報道や、インターネットで眺めただけであるし、それは和田義彦という国画会なる団体に所属していた画家の作品にしても同じ事である。たぶんこの報道で画家のモラルに憤ったり、日本の美術に対する評価システムに対して疑問を持ったりした多くの人にとっても同じ事だろう。それは問題になった「文化庁芸術選奨」の選考においても同様であった事は、去年(2006年)8月号の「美術手帖」にも書いてある。(インディペンデント・キュレイターである東屋隆司氏は執筆“「盗作事件が露呈したもの/「美術」は鎖国されたままなのか”で、2006年6月6日の読売新聞:記事“前田恭二、高野清見「和田氏『盗作』芸術選奨取り消し 借用の25年 選考材料、展覧会の図録だけ”から引用し判断材料は展覧会カタログしかなかった事を取り上げている。)

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2007年5月15日 (火曜日)

クラッシュ

クラッシュ クラッシュ

販売元:東宝
発売日:2006/07/28
Amazon.co.jpで詳細を確認する

映画「クラッシュ」(米映画:2006/2/11公開)を観る。終始一貫、人種差別、貧富の格差、社会保障制度などなどなどなど、アメリカ〜ロサンジェルスの抱える問題の数々と、それに翻弄され、いがみ合い、怒鳴り合う、不安や偏見に満ちた登場人物達が、痛ましく、切ない。劇中のアメリカ・ロサンジェルスの事情は、おそらく、ある部分は真に迫ったものかも知れないが、ある部分は誇張され、またある部分はまったくの想像の産物、ウソだろう。しかし、事実との関係がどうであろうとも、登場人物達はこの映画の中の現実を確かに生きている。デティールにアメリカという国を考える事も重要かも知れないが、この映画は特定の場所を舞台にしながらも、そうした様々な問題に伴う善悪などのあらゆる価値判断を超えたところで、この私達の世界がただ、存在している事を伝える。無数のクラッシュ(衝突・出会い)によって。「ミリオンダラー・ベイビー」の脚本で注目を集めたポール・ハギス監督・脚本。

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2007年5月14日 (月曜日)

鍵と庭

Lock_1 Hanana
 

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ナルト劇場版3作

「NARUTO-ナルト-」劇場版の3作を観る。

  • 2004年8月21日公開「大活劇!雪姫忍法帖だってばよ!!」
  • 2005年8月6日公開「大激突!幻の地底遺跡だってばよ!!」
  • 2006年8月5日公開「みかづき島のアニマル騒動だってばよ」

週刊少年ジャンプで1999年連載開始の忍者マンガ(現在も連載中/コミックス37巻→2007年4月時点)が原作。たぶん、第二部のはじめくらいまでは読んだかな?(一部は27巻まで)アニメ版を見るのは初めて。先日観に行った「コナン」(過去エントリー)もそうだし、この手のアニメのほとんどがそうであるように、劇場版は本編(原作マンガ/テレビ)とは異なった、まったく独自の物語を展開する。3作ともに、結末を容易に予想出来る代物ではある。ま、単純なのだ。し かしそれでもけっこう楽しめた。

原作に具体的な時代設定がひょっとしたらあったのかも知れないが、マンガを読んだのも、かなり前の事なので、よく覚えていない。だからあくまで印象としてではあるが、もともとよくわからない時代設定、というか、忍者ものではあるが、ファンタジーと言った方がいいくらい、独自の世界を想定したところに物語の発想の羽を伸ばしていたように思う。これらの劇場版ではそれらがさらにむちゃくちゃに、ほんっと何でもありー、で、そういう、えーーーって感じが全般に面白かった。何もかも無理やり過ぎ(笑)唐突に改心し過ぎ(笑)映像〜アクションシーンもそこそこ凝ってて魅せる。で、も、二回は見れないか。
劇場版 NARUTO大活劇 ! 雪姫忍法帖だってばよ !! 劇場版 NARUTO-ナルト-大激突! 幻の地底遺跡だってばよ 劇場版NARUTO -ナルト- 大興奮! みかづき島のアニマル騒動(パニック)だってばよ

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2007年5月13日 (日曜日)

Cloudscape

Kumo01 Kumo02 Kumo03

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トラルファマドール星の小説

トラルファマドール星の小説とは次のようなものであるそうだ。トラルファマドール星人は語る。(「スローターハウス5」カート・ヴォネガット・ジュニア著 伊藤典夫訳より引用)

記号のかたまりは、それぞれやむにやまれぬ簡潔なメッセージなのだーそれぞれに事態なり情景なりが描かれている。われわれトラルファマドール星人は、それをつぎからつぎというふうでなく、いっぺんに読む。メッセージはすべて作者によって入念に選び抜かれたものだが、それぞれのあいだには、べつにこれといった関係はない。ただそれらをいっぺんに読むと、驚きにみちた、美しく底深い人生のイメージがうかびあがるのだ。始まりもなければ、中間も、終りもないし、サスペンスも、教訓も、原因も、結果もない。われわれがこうした本を愛するのは、多くのすばらしい瞬間の深みをそこで一度にながめることができるからだ

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スナップ

Aloe これまでスナップ写真を撮る習慣はなかったが、せっかくちっちゃなデジカメを買ったので、撮影の機会を意識的に少し増やしてみたらどうだろう、と、思いついた。動機はブログの更新である。ブログのエントリーを増やす加速装置になってくれないか、な、と、期待するが、果たしてそういった習慣が身に付くのかどうか、身に付くとしたらどういった様態となるのか、というのも興味の対象である。

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2007年5月11日 (金曜日)

もくもくもくもく

Nakana あいかわらず、あいかわらず、あいかわらずに描いています。あいかわらず腰が痛いですが、あいかわらずに進行して行かないところが、この絵を描く方法のいいとこです。いじけて丸まっているようにも見えますが、あいかわらずノリノリです。

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2007年5月10日 (木曜日)

スローターハウス5

先日(といってももう一ヶ月も前になる)の、小説家/カート・ヴォネガット・ジュニア氏が亡くなったニュース(スポーツ報知:2007年4月12日18時42分)から、氏の著作について、知人との間で話題になった。最近だと思っていたけれど、話題になったのもその数日後、だから、もうそこそこ前か。そのとき、ヴォネガットの著作を一冊も読んだ事がなかった私は、一方的に知人の話しを聞くだけだったし、今となっては何を聞き、何を話したかほとんど覚えていないが、なんとなく忘れる事が出来なかった。

その名前以外、ほとんど何も思い出せないので、何を忘れる事が出来ていないのか、いったい覚えている必要を何に対し、自分のどこらへんの部位が感じているのか、皆目わからない。しかしともあれ、今朝、酔い明けに、ふいに思い立って(何も今日みたいな雨風の強い日に思い立たなくても良さそうなものだが)、引きずり気味のコールテンのズボンの裾を湿らしながら、電車に8分ほど乗って、それから5分ほど歩いたところにある、おそらく、我が家から一番近い、地階には音楽CDが立ち並び、山積みされた、三階建てのブックオフを訪れた。

Photo ずららっと並ぶ「外国の著者」を扱う棚を、端から順々眺めてみたが、一冊も彼の著作は見つからず、さらに105円均一の棚を30分くらいかけて、寄り道しながら、しかしつぶさに見てゆくと、ハヤカワ文庫の列にただ一冊、それは見つかった。

「スローターハウス5」と題されたその本が、このカート・ヴォネガットという作家の歴史の中で、いつの、どういった作品であるかという知識を、私はまるで持ち合わせてはいなかったが、それは彼の著作のどれにも当てはまる事だったし、今でもまだ、その状況に多分それほど変化はない。そういうものだ。

なにも彼の著作を読んだ事がないからと言って、とりあえず古本、あわよくば100円で、などと考えていたわけではない。そして蛍光灯独特の煌々とした重みを持った店の中では、思い浮かべさえしなかったが、見つける気になれば、どこでだって見つかるのかも知れないという事もまた、知っていた。事実Amazon.co.jpを覗いてみると、ずらっと購入の選択肢は広がっている。

でも実際そうはしなかったし、そうはしなかったにもかかわらず、というか、そうはせず、この日ブックオフに行った事が、他のどの著作でもなく、そして二冊でも三冊でも四冊でも五冊でもなく、一冊の著作を購入する経緯を作った。

もちろん、そうして探し出した本を購入しない、と、いう選択肢も許されてはいたが、べつに購入を妨げる要素は見当たらなかった。購入しない事で何かが得られるといった期待を喚起するものも、購入する事で何かを失うという不安を掻き立てるものも、何、も、なかった。

そういうものだ。

Book スローターハウス5

著者:カート・ヴォネガット・ジュニア
販売元:早川書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2007年5月 9日 (水曜日)

おっ、

Moya◀できた〜。(画像クリックで拡大)

シリーズ:【ATMOSPHERIC WORKS】
素材:紙(Savage Widetone Seamless Paper Background)・シャープペンシル
紙サイズ:135.5×135.5(cm)
描画部サイズ:109.5×109.5(cm)
制作期間:13日

【ATMOSPHERIC WORKS】近作

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2007年5月 8日 (火曜日)

Spencer Tunick » 1万8000の裸体

メキシコで1万8000人が集団ヌード撮影 (ロイター:2007年05月06日)
http://today.reuters.co.jp/news/articlenews.aspx?type=entertainmentNews&storyID=2007-05-07T180217Z_01_NOOTR_RTRJONC_0_JAPAN-258554-1.xml

撮影にボーイフレンドと一緒に参加した30歳の女性大学教授は「もはや我々の社会がそれほど保守的でないことをイベントは証明した。われわれはタブーから自分自身を解き放ちつつある」と語った。

1万8千人の集団ヌードを撮影=米国の写真家がメキシコで (時事通信社:2007年05月07日12時05分)
http://www.ocn.ne.jp/news/data/20070507/a070507014850.oj0hjfab.html

大学生のフアン・ラゴスさんは、「これは芸術であり、政治的な声明であり、同時に我々の体を使った愛の表現だ」と話した。

St スゴい!!久しぶりにこの“スペンサー・チューニック”というアーティストの名前を聞いたが、感嘆感嘆。集団ヌード撮影の世界記録だという裸体の大群。そのあまりの人数の多さに、一人一人は細かなピンクの、或いは褐色の、様々な色の点に抽象化され、集合はグレーの風景の中で、赤みを帯びたエネルギーの固まりとして浮かび上がっている。そして、これだけの大人数によって、モデル一人一人の「個」は抽象化されつつも、消失してしまうどころか、むしろ、裸体であることにより、ますますその固有性を強めているかのようだ◎(上の写真はロイター.co.jpより)
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Spencer Tunick(I-20 Gallery ホームページ)
http://www.i-20.com/artist.php?artist_id=19&page=images&work_id=764
Spencer Tunick(HALES GALLERY ホームページ)
http://www.halesgallery.com/tunick_overview.php
スペンサー・チュニック(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%81%E3%83%A5%E3%83%8B%E3%83%83%E3%82%AF
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Spencer Tunick Website
http://www.spencertunick.com
このチューニック氏のウェブサイトからインスタレーションの一部になれるっ!?

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バラライカ

吉澤ひとみ“笑顔”でモー娘。卒業!「めっちゃ幸せです」(SANSPO.COM:2007年05月07日)
http://www.sanspo.com/geino/top/gt200705/gt2007050717.html

モーニング娘。から吉澤ひとみが脱退、いや、卒業したらしい。歴代メンバーで一番の在籍期間7年1ヶ月との事。同期は石川梨華・辻希美・加護亜依、もちろんみんな既に卒業。誰が入ったとか、どんな曲出したとかって、追ってた、追えてたのは、そういえばこの代まで、これ以降だと誰が入ったとか出てったとかさっぱりわからない。7年だって。ふーん。あ、でも、ソロ活動する現メンバー久住小春 (アーティスト名は「月島きらり starring 久住小春 (モーニング娘。)」→声優をするアニメ「きらりん☆レボリューション」で月島きらり役)の曲に、モー娘。健在を確認。
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恋☆カナ:月島きらり starring 久住小春 (モーニング娘。)
http://www.youtube.com/watch?v=czCAnmHe5-o
バラライカ:月島きらり starring 久住小春 (モーニング娘。)
http://www.youtube.com/watch?v=APLb_orhVb0&mode=related&search=

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2007年5月 7日 (月曜日)

嫌われ松子の一生

なんと、なく、立て続けに日本映画のDVD、それもコメディばかりをレンタルして観ている。どれも今更ながら、やっと、って感じのものばかりだけど。今日観たのも、中谷美紀主演「嫌われ松子の一生」(2006/5公開)。流行ってたときはアメリカにいたかな?「下妻物語」の中島哲也監督作品だって事に、見終わってから気が付いたが、なるほど楽しめた。

主人公・松子の不幸、っつかどん底人生への第一歩、教師をクビになるエピソードにおける松子の発想の結び方、転換の仕方がまずスゴい。一工程一工程、一場面一場面、すべてその瞬間の刹那的な感情が、起こっている事件の重大さ(意味)を、まるっきり無視して転落、というか墜落の道程を築く。アンチキショー!それが、一気にこのミュージカル仕立て極彩色CG満載オモチャ箱映像、そして不自然なまでの中谷美紀の表情の美しさにリアリティを持たせている。もちろんその後の落ちっぷりも涙なしでは(!)見れないが、この映画のスゴさ、面白さは、このファーストインパクトに尽きるとさえ思えた。

嫌われ松子の一生 通常版 嫌われ松子の一生 (上)下妻物語 スタンダード・エディション

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2007年5月 5日 (土曜日)

サマータイムマシン・ブルース

サマータイムマシン・ブルース」(2005/9公開)を観る。「踊る大捜査線」の本広克行監督。“ヨーロッパ企画”の舞台の映画化、らしい。コメンタリーで監督自身語るように、凝りに凝った映像、ギャグ、細かなマニアック心をくすぐる膨大な伏線の数々。テンポも速い。ファンとしては上野樹里や瑛太を見てるだけでも楽しいが、脚本〜台詞が面白かっただけに、真っ白なペンギン村の学校みたいな大学の風体、香川県が舞台だというそのあまりに美しすぎる非現実的な風景〜永遠の楽園のイメージ(?)の部室に、いつまでたっても、とうとう最後まで馴染めそ う で、馴染めなかったのは残念。舞台版も見てみるか?本も読んでみるか?

サマータイムマシン・ブルース スタンダード・エディション (初回生産限定価格) サマータイムマシン・ブルース 2005 舞台版 サマータイムマシン・ブルース
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▼ueno-juri.com(上野樹里公式ホームページ)
http://www.ueno-juri.com

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リンダリンダリンダ

映画「木更津キャッツアイ ワールドシリーズ」(2006/10公開)「リンダリンダリンダ」(2005/7公開)を観る。どっちもスバラシィ◎

木更津キャッツアイ」は、スーパーハイテンションで突っ走ったTVシリーズ(2002/1-3/TBS系ドラマ)〜映画第一作「日本シリーズ」(2003/11公開)から、ずいぶんと年月が経っていたので、同じ疾走感を期待し つつも、同じノリではもう年齢的にムリがあるのでは?とか、前作の作法だけを持って来たようなシラ〜って感じになるんじゃ・・っと、か、勝手に危惧していたが、 DVDオリジナル企画「THE3名様」(「木更津〜」主要キャスト三人主演)を思わせる従来の「木更津〜」にはないギャグ冴えで、しっかりとシ リーズを締めくくっていた。

リンダリンダリンダ」は、トリに練習を重ねて来たバンドの発表あり、ほろ苦恋バナあり、青春映画の定番、と、いう感じで、期待を裏切らない。こういった青春ものに ありがちな再見がめんどくさくなるようなクライマックスを盛り上げる趣向、事件も、この作品ではけっして大げさになる事もなく、その為か、特定の登場人物にむや みに感情移入する必要がない。それが、どんなコンディションでもムリなく観る事の出来る仕組みを作っている?ような気がした。何度も流して観たい。先生役に俳優の甲本雅裕(甲本ヒロトの実弟)というのもなんかイイ。傑作!
(出演: ペ・ドゥナ, 前田亜季, 香椎由宇, 関根史織/監督: 山下敦弘

木更津キャッツアイワールドシリーズ 通常版 THE3名様 リンダリンダリンダ

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2007年5月 4日 (金曜日)

バッサバサ

Koikoi 今日は夏日との事。風は強く、近所の公園では、バッサバッサと大小さまざまの鯉のぼりが12匹、夕暮れの、少し黄ばみ始めた空気の真っ青な空に暴れている。

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2007年5月 3日 (木曜日)

曇りつづき

この数日間、諸事情有り、で、制作のスペースが確保出来なかった。と、言っても、べ、つ、に、創作スタジオを日々日々西から東へ北から南へ渡り歩くっ、なんて生活をしているわけではもちろんないが、アーティスト・イン・レジデンスなんていうのをこのところ行ったり行かなかったりという事を繰り返している為に、安定したスタジオを構える事が出来ていないのは事実。

二年前までは、車で一時間ほどにあるイチゴ農家の倉庫をスタジオとして、学生時代の知人と共有で借りていたし、いまもなお、ご好意で過去の作品などなど置かせて頂いてはいる(限界は近いけど・・)。で、現在は実家の「隙間」がスタジオだ。積み重ねられる本や、ばさばさばさばさいっくら方付けても湧いて来るエプソンのプリンターから吐き出された紙、紙、紙、油断するとすぐさま物置と化すベッドなどなどなどなどをかき分けて、制作スペース確保一点を目指して周到に収納が重ねられた先に、なんとかかんとか出現する、猫の額ほどの、しかし貴重な、平らな板の間である。制作中の床に広げた紙も、完成までに何度も何度も巻き立てては広げを、日々の生活や家族の都合に応じて繰り返す、なんとも不安定なスタジオである。なんたって洗濯物を取り込むだけでも作品は居場所を失うのだ。

Nekoneko_1 かと言ってそうしたスタジオが事、制作にとって良くない場所かと言ったら、そういうわけでもない。制作にとってそうした諸要素が、目を伏せ、ただ排除を待つ対象であるかと言えば、そんなわけではない。いつだってどこでだって、物理的にであれ、精神的にであれ、創作、と、言うか、なんにだって、きまって相反する方向に働く力というのが存在するものだ。おまけにこの数日といったら軽く風邪まで引いていて、あたまはくらくら、目を瞑っていても世界が回っていた。

制作は制作。た、だ、それが出来なくなるのは困る。な〜。と。ね。

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