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2007年9月 4日 (火曜日)

書院の美

先月(8月)に観たいくつかの展覧会について、ブログでほとんどまったく触れていなかったので、少しずつ。出来るだけ。

東京藝術大学美術館にて「金刀比羅宮書院の美」展。今年一月に香川(直島ほか)を訪れた時(参照)に観た(が、しかし、襖のある部屋をガラス越しに廊下から距離をもって観ざるを得なかった)円山応挙の襖絵「遊虎図」を近距離で確かめる事が出来(やはりガラス越しではあったが)、普段観る事の出来ない(公開されていない)奥の院の、伊藤若冲の、あの、植物図鑑のように様々な草花を金色の壁面に等間隔でグリッド上に配置した「花丸図」に、初めてお目にかかる事が出来た。

やはり応挙のこの虎は・・うん。ころころ漫画してて可愛いとかどうでもよろし。香川の、金刀比羅宮の長い階段を延々と登った先のしっとりと埃の落ちた表書院に、襖として今なお機能し、自然光の暗がりのなかでインスタレーションされた重々しい雰囲気を放っていたその毛穴を、ここへ来てまじまじと、見た、と、言うかなんと言うかかんと言うか、冬場に冷たい雨を浴びてビシャビシャになった息の熱く荒いでーっかいゴールデンレトリバーの、水と砂のたくさんつまった体が四方から押し寄せて来るような、分厚い洗車場のような絵だった。いやいや、まったく嫌な印象を持ったというのではなく、むしろ逆で、この体験を踏まえて、もう一度金刀比羅宮、表書院に出かけてみたくなった。

応挙の展示を通り抜けると現れる、金刀比羅宮書院の間取りを美術館内に再現させ、襖絵を配した一連の展示には、う、うん、うん、ビックリした。愕然としたと言った方が適当かも知れない。すごく無粋な感触を持ったのだ。もともとの設置状況を再現、体験出来るように施す展示に出会うのはもちろんこれが初めてではないし、その中でもおそらく上出来の部類であろうとは思う(僭越だが)。だからこの打撃は、一重に私の側にその知覚の要因がある事は疑いようがない。そういう風に感じるタイミングだったのだ。私はそこで、その時、そして今も、襖絵として限定された部屋の為に、そしておそらくは限定された人々の為に、制作され、設置された作品を、「運べる」からといって運ぶ事、運んでしまう事の横暴さを見つけられた思いがしたのだ(パリにまで巡回するらしい)。それは応挙も、若冲も含めてやはり、そう思う。円山応挙という名前や、伊藤若冲という名前や、岸派という名前ばかり、つまり人間業ばかりに焦点を無理矢理に合わせて、何か、大事な事柄に目を瞑っているような、それを覆い隠そうとする美術品への視線の痛々しくも強い腕力を見せつけられたように思えた。

これは次の巡回地である金刀比羅宮の、普段非公開の奥書院・特別公開(2007年10月1日(月)〜12月2日(日)[前期]、12月29日(土)〜2008年1月31日(木)[後期])は是非とも行かなきゃである。
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金刀比羅宮 書院の美 — 応挙・若冲・岸岱 —
会期:2007年7月7日(土)-9月9日(日)
午前10時〜午後5時(入館は閉館の30分前まで)/月曜休館
会場:東京藝術大学大学美術館

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朝日新聞社「金刀比羅宮 書院の美」展ホームページ
http://www.asahi.com/konpira/

東京藝術大学美術館「金刀比羅宮 書院の美」展ホームページ
http://www.geidai.ac.jp/museum/exhibit/2007/kotohiragu/kotohiragu_ja.htm

金刀比羅宮ホームページ
http://www.konpira.or.jp/menu/master/menu.html

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